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2006年9月22日 (金)

規制問題あれこれ

インターネットやゲームが子供に与える影響を探る警察庁の研究会
(座長・前田雅英首都大学東京教授)は21日、
携帯電話の弊害と対策を盛り込んだ中間報告書を公表した。
「子供が危険な状況にさらされていることを社会全体で放置し、
黙認している」と批判し、子供にどのような携帯電話を持たせるかについて、
社会的なコンセンサス作りが早急に必要としている。
 報告書は、子供が携帯電話を通じてネット上の
暴力的な画像や出会い系サイトなどに接し、
犯罪に巻き込まれている現状を指摘。「メール依存」に陥り、
携帯電話がないと落ち着かず、ささいなことで
友人関係を解消するなどの行動も懸念されるとした。
(ソース元:Yahoo! News 時事通信)

 インターネットやゲームが子供たちに与える悪影響への対策を検討している}
警察庁の「バーチャル(仮想)社会のもたらす弊害から子どもを守る研究会」は21日、
携帯電話会社に対し、子供には、あらかじめ出会い系サイトなどへの
接続を規制した携帯電話を販売することを求める内容の中間報告をまとめた。

 これに対し、携帯電話各社は「我々が一方的に情報を排除するのは
表現の自由に抵触する恐れもある」
などと規制に消極的な姿勢を示している。
※全文は下のリンク先でご確認ください
(ソース元:Yahoo! News 読売新聞)

例の研究会絡みの連動しているニュースを二件繋げて引用したが、
携帯電話会社は対応が早いな。
太字にしてある部分は、ある意味当たり前のことなのだが、
企業が公式にこのような見解を述べたのはすばらしいことだ。
違法情報は別としても、有害情報といわれるものはその定義が曖昧ゆえ、
『疑わしきは罰せず』が基本となっている。
何をもって有害かは、個人の主観によるところが多いため、
ある人にとっては有害に見えても、別の人にとっては
なんてことのないただの情報だったりする。
そんな個人の主観という曖昧な定義の中でいちいち情報を削除されたりしたら
憲法で保障されているはずの『表現の自由』はどうなるのか。
それこそ、検閲がまかり通るような国になってしまう。
法律に反しない限り、『表現の自由の埒外』なんて奇妙な枠を作ってはならない。

あと、例によってBPO視聴者意見が面白いことになっている。
特定の表現を規制したがっている人間に対し、
若い、それも10代があまりにまともすぎる反論をしている。
…というか、BPOの意見でも子供を錦の御旗に掲げて規制を訴える輩がいるんだよな。
それに対して子供を利用するなと言った意見がちらほら出始めている。

しっかし、これは酷い。

少年と隣りに住む少女のラブコメディーだが、主人公の下着姿の少女に
襲いかかるシーンなどほとんど犯罪に近いシーンの連続だった。
さらに、このような行為を止めようと小学生くらいの女の子が
少年に向かって機関銃を連射していた。
いくらアニメという架空の人物でも未成年という設定である。
ある程度表現を抑えるべきだ。

となグラだな。
連続って…。
実況見た限りだとそんな頻繁じゃないんだがな。
それに『架空の人物』って意味分かってるのだろうか?
設定をしたところでそれは実在人物ではないのだ。
当然法律上なんの問題も無し。
しかも内容もラブコメだし、なによりU局深夜放送だ。
ある程度表現を抑えるべきといっているが、知ってる?
U局の深夜放送でも最近規制が厳しくなっている現状を。
ほんの数年前には出来た表現を現在出来ないなんておかしな話だ。
観てるの分別のつく大人ばかりなのに。

アニメ番組。実際にできる残酷行為のみの描写が次々と出てくる。
物語のクライマックスで金属バットによる撲殺シーンが強調するように3回、
火山ガスで村人全員死亡等など。子どもが見ていると思うとぞっとする。
本当に変な事件が起きているのではないかと不安である。

ほぼ間違いなく『ひぐらしのなく頃に』のことを言っているのだろうが、
これ、深夜番組だから。
子供を引き合いに出すこと自体がナンセンス。
観ている人間は分別のつくオトナばかりだから。
それどころかU局放送だから観れる地域すら限られる。
子供を利用するにも的外れすぎて『残念だったね』と言ってやりたい気分だ。

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2006年9月 7日 (木)

またヴァーチャル影響論か、いい加減にしろ

今朝の『朝ズバッ!』の放送にて、
かつて『犯人は20代から30代、もしくは40代から50代』という名推理を
かましてくれた
元捜査一課長の田宮栄一先生から強力な電波を受信した。

名古屋で母親の背中を十箇所ほど指した少年のニュースのコメントで
『最近の少年はゲームやヴァーチャルの世界で生きているのではないか』
…、あまりにも強力な電波である。
こういった発言をする連中は、自身が理想とする子供の幻想にとらわれ過ぎていて
現実の子供というものが見えていないのではないか?
今回の事件でもやはり親が教育熱心だったと加害少年は供述している。
過干渉がもたらす悲劇がまたひとつ起きてしまった。

またこの手の事件で言われるもうひとつのコメントは
『今の子供たちは我慢を知らない』というものだ。
もちろんこれも的外れ。
過干渉による我慢の限界がこういう事件に繋がっていることは
今回の事件でも、それ以前の事件でも共通していることだ。
大人が子供の現状を直視しない現実の方がよっぽど異常ではないか?
ACこと公共広告機構のCMでもあったが、
子供が押しつぶされる前に家族で話し合えるような環境を作っておく必要があるだろう。
こういった事件を回避する術は意外と簡単なものだったりするものだ。

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